箱根駅伝往路二区 権太坂 (1月2日) [横浜散歩]
1月2日は第93回東京箱根間往復大学駅伝競走(通称箱根駅伝)の往路でした。
10月の出雲駅伝、11月の全日本駅伝で勝っていましたから箱根も勝つと予想はされていました。
大学駅伝三冠達成です。
監督やコーチの力でしょうね。
熱狂して観戦していた、と聞いた時、なんと野蛮なとわたしは思いました。
それは「衆院選 予想立候補者一覧」 です。
安倍首相と太い繋がりを持っていると云われる讀賣ですから、一月の解散があるとわたしは
勘ぐってしまいました。
三渓園の紅葉(Ⅱ) (12月5日) [横浜散歩]
年賀状の作成が終わりました。たかが30枚あまりですが、プリンターに慣れておらず、しかも年賀状
作成ソフトを新しくしたので手間取りました。
気がかりだったことが一段落したのですが、ひとこと手書きで追記しなければなりません。これが意外と
大変です。
前回に続いて「三渓園」です。
以下の写真5枚は、織田信長の弟・有楽(うらく)の作と云われる茶室が含まれている建物付近で
撮りました。
屋根及び庭へ敷き詰められた黄葉がきれいでした。勿論、紅葉もありましたが割愛しました。
「海岸門」です。京都・西方寺にあったものを大正時代に移築。江戸時代の建築です。
この門を出て、いつもは左に道をとり外苑を通って正門に向かうのですが、今回は初めて右に折れて
南門から出ることにしました。こちら側が海側ですのでどんなものかと。
南門を出ると池があり、中国風の建物が左手に見えました。この先には
またまた中国風の建物が。この建物を右側から池に沿って回り込むと
門がありました。門の上の方に「上海横浜友誼園」と書いてありました。
平成元年に横浜市と上海市の友好都市締結15周年を記念してつくられたものですが、老朽化が激しく
今は中に入ることはできないようです。
友誼園を左にして前方を見ると公園のようです。「本牧市民公園」と後で知りました。運動広場や
テニスコートや市民プールなどがあります。
この辺一帯は海だったのです。上の写真で白い崖が見えますが、ここまで海だったのです。崖の向こうは
三渓園ですから、三渓園は海に接していたのです。
そこを埋め立て、右手には幅の広い道路が走り、その先は本牧ふ頭です。
この細長い池にアオサギとオオバンそしてカルガモがいました。
三渓園を訪れた時、ちょっと足を伸ばして散策するのもいいですね。
尚、帰りの交通機関はJR根岸駅までバスが走っています。
きょうは12月14日、元禄15年のこの日に赤穂浪士は吉良邸に討ち入りました。雪が降ったんですね。
江戸も先日雪が舞いましたが、元禄15年は雪が積もっていた。
この討ち入りに関連してあちこちで催しが行われるんですね。
ひとつ気になることがありました 。元禄は当然旧暦です、旧暦の日にちをそのまま今の暦に置き
換えているんです。元禄15年12月14日は西暦では1703年1月30日なんです。であれば今の江戸に
雪が降っても不思議ではないですね。
本日はこれにて。
三渓園の紅葉(Ⅰ) (12月5日) [横浜散歩]
わが家のベランダの寒暖計では、昨日の朝は3.5℃、今朝は0.5℃・・・寒いです。でも、日中は晴れ。
北海道は大雪です。わたしが寒いなんて贅沢を云ってはいけません。この冬は寒いんでしょうか?
先日、我が部屋の湿度が80%で、除湿機やエアコンをONすると書きましたが、これらは効率が悪い
ですね。一番いいのは部屋の換気をすることだと知りました。
外出する時、5cmくらい戸を開けて換気をすることです。外気の湿度にもよるでしょうが、75%の時
2時間ほど開けておきましたら55%になっていました。
イタリア庭園を出て元町のバス停から乗って「三渓園」に向かいました、紅葉を期待して。
正門を入って池の端。池にはキンクロハジロ・・・舟の上には黒い鳥、海鵜?河鵜?
池の向こうには「三渓記念館」など。その上のイチョウかな?は葉が落ちていますね。
いつもの定番、「旧燈明寺三重塔」 華やかな紅葉はありません。
「鶴翔閣」 三渓が住まいとして建てた。
「涵花亭」と「観心橋」
「御門」の鬼瓦。
三渓園で紅葉・黄葉が素晴らしいところは「旧天瑞寺寿塔覆堂」付近だと思います。
何枚か撮りましたので並べます。
奥にあるのは「聴秋閣」
これは屋根付きの橋ですが、漢字がかけません。「亭」に「木編に射」と書き、「ていしゃ」というそうです。
行く秋を惜しむかのようにたくさんの紅葉狩りの人達が訪れていました。それに結婚式の前撮りもあり
人影を避けて撮るのが大変でした。みんないい処に集まるんですね。
長くなりますのできょうはここまで。
三渓園 (Ⅱ) に続く。
外交官の家は工事中でした。 (12月5日) [横浜散歩]
わたしが当ブログの画像貼り付けに使用していた「フォト蔵」がトラブっていましたが、やっと復旧しました。
きょうからまた使って貼り付けますが、多分大丈夫でしょう。 でも、動きが少しギクシャクしています。また
トラブルかもしれません、
先日来、わたしのブログの画像が消えていましたが、それも復活したはずです。
ご迷惑をおかけいたしました。
きのうは風が強かったですが、晴天の中、鎌倉を歩いてきました。天園ハイキングコースを歩いたのですが
その顛末は後日アップする予定です。
12月5日は三渓園に紅葉がまだ残っていることを期待しながら行きました。
バスを途中下車し、横浜・山手本通りの「イタリア庭園」に寄ろうとしたところ、2kさんのブログで
「外交官の家」が工事中だということを知りました。どうしようか迷いましたが、結局訪れました。
なんで「イタリア庭園」かと
云うと、紅葉したメタセコイ
アの並木を見たかったのです。
もくろんでいたのは「外交官
の家」とメタセコイアをから
ませたかったのです。
仕方がないメタセコイアを
撮ろうとしたら予想通り
工事車両が駐車していました。
寄って幹も撮れません。
となればイタリア庭園で
気に入っているもう一本の
木、イチョウを撮るしかあり
あせん。
ブラフ18番館 左下、黒っぽいガラス戸が玄関でしょうね、リースが飾られていました。
この前のイチョウじゃなくて
こちらの大木です。
残念ながら大分葉を落として
いました。
木の黄色が少ない分を黄色いカーペットで。
一応建物の全景を撮ろうと・・・イチョウも入れて。
12月ですから、それぞれの建物の中ではクリスマスのデコレーションがなされているはずです。
10時前でしたが、ご婦人方が大勢見えていました。
山手本通リは港の見える丘公園から続く山の稜線なんですね。そんなわけで見晴らしがいいです。ここから
左にカメラを振るとランドマークタワーが見られます。
来るたびにいつも撮ってしまうんですが、この日もこれを撮って「三渓園」に向かったのでした。
今朝、目が覚めたら腰が痛く腿も少々痛かったです。きのうの山歩きの後遺症ですね。
本日はこれにて。
アスファルトで厚化粧の地球と喧嘩。 (11月4日) [横浜散歩]
朝の気温が毎日徐々に下がります。北海道は連日雪のようですね。
日中は暖かになるという予報に期待して出かけました。
きょうは二週間に一度クリニックに降圧剤を貰いに行く日でした。
甘柿は大分収穫されましたが、まだ残っていました。青空に柿の色・・・似合います。
コスモスが咲いていました。ここは旧東海道に面した土地ですが、ここに建物があった記憶はありません。
種を蒔いている様子は見えないのですが、コスモスは毎年咲きます。
国道1号線に面した民家の植え込み、ナンバンギセルを見せて頂いたのもこのお宅です。
五葉ケビ(ゴヨウアケビ) 色づいていましたが、葉っぱの影で色が出ていません。
三葉通草(ミツバアケビ) アケビは木通とも書きます。まだ色づいていません。
オキナワスズメウリ ウリ科の蔓性植物。 実の大きさは直径2cmくらい。はじめは緑で段々色づく。
郁子(ムベ) アケビ科 熟してもアケビのように口が開くことはない。
ご主人によると、通りに面しているので熟した頃には誰かに持って行かれる。
いつものようにクリニックの診察は超短時間ですみ、次に腰のリハビリをして、それからどこへ行こうかと考えながら
歩いていたら、歩道の段差に足先を引っ掛けばったりと。眼鏡のフレームが壊れ、左の眉からポタポタと血が落ちて。
ちり紙で傷口を押さえながら歩きました。
左顔面から落ちたらしい。歩きながらどこが傷んだかチェック。時間が経つにつれて段々痛いところが判明。
左膝、打撲。右手首、捻挫。右目尻の下の頬骨のところに腫れ。
右足先が引っかかれば左足を踏み出して体勢を整えるのが普通だと思うのですが、左爪先も引っかかったらしい。
右手では支えようとしたようですが(捻挫の気配あり)左手は出なかった、なぜかと考えたら左手にカメラが入った
バッグを持っており、無意識のうちにカメラをかばったらしい。カメラは故障なし。
腰痛のリハビリもやめ、まっすぐ帰宅しました。
わたしの様子を見て、交通事故で病院に運び込まれるよりいいでしょうと慰めてくれました。
歳ですね、足が上がらなくなりバランス感覚も悪くなっている・・・地球と喧嘩しても勝てないですよ。
左膝と右手首はいつ治るかな、これにびっくりしたか腰の痛みは感じません。腰痛のリハビリやりながら
膝痛と捻挫の治療はやりたくない。
コメント欄は閉じさせて頂きます、恥ずかしいですから。
本日はこれにて。
三渓園の梅。 (2月25日) [横浜散歩]
変わり目ということでしょう。
いたのですが、遅かったです。それでもまあまあ楽しんできました。
観光バスで来た観光客も多かったです。ご婦人が多いですね。
大池越しに鶴翔閣(かくしょうかく)。まだキンクロハジロがたくさんいました。
遠くに旧燈明寺三重塔(きゅうとうみょうじさんじゅうのとう)。
臥竜梅(がりょうばい)。 幹があたかも竜がはうような形をしているので名付けられた。
今年はこの梅を見るのが一番の目的でしたが、花は終盤でした。
睡蓮池にカワセミ。近くの木まで飛ぶことはあったが、飛び込まなかった。飛ぶところを撮るのもわたしには難しい。
三渓園には猫が沢山います。
ベンチでひなたぼっこをしながら眠っていましたので、頭をなでて目をさましてもらいましたが、不機嫌そうな顔で
目線をくれませんでした。PC に入れて気づいたんですが、耳に切り込みが入っていますので、避妊か去勢の処置が
されているようです。
この日は路順をいつもと逆にして主に外苑を歩きました。
明日から三月ですが下旬には桜が見られるんですね。二月は逃げると云われますが、早々と去って行きました。
三月は陽光輝き一番心弾む季節です。
長々とお付き合い頂き有り難うございました。
本日はこれにて。
山手本通り、イタリア山庭園から港の見える丘公園まで歩きました、が (12月18日) [横浜散歩]
タイトルに書いた通り、歩いたのです、が、写真はこれだけです。
年末のお忙しいところお出でいただき有難うございます。
本日はこれにて。
三渓園、最終回です。 (12月8日) [横浜散歩]
それは気候の関係があるようです。
江戸時代後期に建築されましたが、ダム建設の関係で昭和35(1960)年に寄贈され移築。
これで三渓園はお仕舞いです。
大袈裟なことを云いますと、京都に行かなくても京都が見られるんです。
長々とお付き合い頂きありがとうございました。
本日はこれにて。
京都から移設した建物がたくさん。 [横浜散歩]
紅葉・黄葉を撮ってアップするつもりでしたが建物の説明になっています。
まだ続くんですが、あと一回にするか二回にするか考慮中です。
本日はこれにて。
三渓園 まだまだ臨春閣絡みです.(12月8日) [横浜散歩]
大正6(1917)年、臨春閣が移設された時、夢窓礎石が造った庭が好きだった三渓が、
疎石のよくした屋根付きの橋を新築した。
本日はこれにて。